【きょうのおやつはもものしゃーべっと】

 

 

 

「何を、している?」

ここはダアトの一角。特務師団に充てられた官舎の厨房である。

時刻は午後1時。

いつもなら団員を相手に剣術の稽古か、治療術士(ヒーラー)の元で譜術の訓練を行っているはずのルークの姿が見えなかったので、回線を使って居場所を尋ねれば、厨房という答えが返ってきた。

専門の料理人ももちろんいるが、ルークもアッシュもよく厨房に立つ。

ルークは前の旅で料理に目覚めたようだし、アッシュはルークを育てるためのスキルの一つとして2度目のバチカル時代、つまり肉体年齢0歳児からこっそり勉強し、今では一流レストランの料理人に負けず劣らずの実力者だ。

見慣れた赤い髪を一つに括った後姿はシンクの前に立っていた。

アッシュの存在には気付いているのに、振り返ろうとはしない。珍しいことである。

己の半身はなにやらピンク色の丸い物体を山にして唸っていた。

「皮がさ、上手く剥けないんだ」

後ろからでは本人が邪魔をして見えなかったが、肩越しに覗き込むと両手を果汁でべちゃべちゃにしながら桃の皮を剥こうとしているのがわかった。

これならシンクから離れられないのも頷ける。

包丁を使うという発想はないのだろうか?

「昨日食べた時はペロンと綺麗に剥けたんだけどなぁ」

おかしいなぁと、しきりに首をかしげている。

「昨日?」

その告白に眉間に皺が一本刻まれる。

「あれ程勝手な間食はするなと言っただろ。夕食時にいつもより食がすすまなかったのはそういうわけか?」

「勝手にっていうか。昨日、俺買い物行っただろ。果物屋で、試食してみろってもらったんだよ。すげー美味かったからアッシュたちにも食べさせたくて、買ってきたんだ。夕食のデザートでもよかったけど、アッシュが杏仁豆腐用意してたの知ってたし、冷やすともっとおいしいって言われたから、じゃぁ今日のお茶請けでいいかなぁ〜って」

上目使いで言われてはこれ以上怒ることはできない。

息を深く吐いて、気持ちを切り替える。

「お茶には合わないだろうが」

「ダメか?」

「いや、今日はこれにしよう。せっかくおまえが用意したものだ」

桃に合うような飲み物はあっただろうか?

ダメだ、アルコール類しか思い浮かばない。

今は昼間だ。第一こいつにはまだ早い。→ おまえもだろ、アッシュ!

これだけ瑞々しいのだ、飲み物はなくても大丈夫だろう。

「同じように見えても違うからな、たまたま剥きやすいものに当たったのだろう」

選別できるとしたら、それはプロの技だ。

喋りながらも剥こうと頑張っていたため、ルークの手はさらにひどいことになっていた。

仕方ない、とアッシュはルークの隣に立つと、鍋を火にかける。

「何してんだ?」

「お湯を沸かしている」

「んなことは、わかるって。なんでお湯なんかわかしてるんだよ」

「まぁ見ていろ」

ルークの手の中の桃は包丁で剥くしかないだろう。

お湯が沸くのを待っている間に、まな板と包丁それからボールに皿と必要になりそうな物を用意し、ルークから桃を取り上げる

「包丁で剥くのか?」

「後で、な。こっちを先に片付けよう」

調理台の上に山積みにされた桃を指差す。いったいいくつあるのか?

ルークに手を洗わせると、シンクに水を溜める。

「アイシクルレイン」

詠唱呪文なしの譜術なので威力は弱いが、氷水を作るには充分すぎるほどだ。

諸々準備をしているうちに、お湯が沸いたようである。

「あー、何すんだよ。生で食べるのが一番美味いって・・・」

「黙って見てろ」

ゆっくり10数える程度の間沸騰した湯につけると、取り出してすぐ氷水に落とす。

冷えた頃を見計らって、剥いてみろと促す。

「すげ〜なんでだ?」

「湯剥きと言うんだ。熱湯につけることで皮と実の間の音素結合を破壊し剥きやすくすることができる。湯につけている時間は短いから実は生のままだ」

すげーすげーと言いながら次々皮を剥いていく。ペロンと綺麗に剥けることが楽しいらしい。

剥き終えた桃がボールに積まれていく。

ルークは必要になって初めてそれを用意するタイプだが、アッシュは事前にきっちり準備するタイプだった。

一人でやらせていたら厨房はすごいことになっていただろうなぁ、などと思いながらも手は次々と桃を鍋に放り込んでは掬い出して、という作業を繰り返している。

「ちょっと、温くなってきたかな?」

シンクに浮かぶ桃の数が二桁を超えたあたりでルークがそんな感想を漏らす。

覗き込めば確かに氷が減っているようだ。

「アイシクルレイン」

氷の雨が降る。

氷水に浮いたというよりは、氷漬けされた桃。

「アッシュ!やりすぎだって」

氷で桃を傷つけないように慎重に取り出した次の桃は、確かに冷えすぎているようだった。

湯にくべる作業を中断し、自分の手でその半分凍ったような桃を剥くと、果物ナイフで一欠片切り取ってルークの口へ運ぶ。

「なんかシャリってする。でも、美味しい」

一方ルークは自分の手の中の少し温かくなった桃を一口大に切ると、同じようにアッシュの口元へ持っていく。

「美味いな。おまえが買い込むはずだ」

「だろ〜」

アッシュに褒められて嬉しいらしい。ニコニコしながら今度は自分の持っていた桃を食べてみる。

「こっちも美味しい」

瑞々しい桃と、半分シャーベットのようになった桃。

自分と相手の口に交互に運び、二つの桃を食べ終わると、桃剥きの作業を再開する。

甘い匂いの充満する厨房。

調理人二人の雰囲気は更に甘い。

時に笑いながら桃の皮を剥き続けるルークと、湯に潜らす作業と氷担当に加え、切り分け皿に盛る作業までやり始めたアッシュ。

冷たい方が美味しいだろうと皿の下に氷を敷くという、料理人顔負けの心遣いまで発揮して、着々とおやつの準備は進められていった。

 

 

 

「今日はテーブルを用意するだけで充分そうだな」

本日のお茶係が厨房を覗くと、後は運ぶだけとなった桃と、時々じゃれ合いながらも桃を剥く赤毛二人が目に入った。

厨房に近づくにつれ甘い香りが漂ってきたので、中を見るまでもなく何が行われているかはわかったが、中を見てその光景に目を細める。

まだ剥かれていない桃の山も確認できたが、二人が楽しそうなので手伝うなんて無粋はやめておこう。

終わる頃に皿運びぐらいは手伝おうと思いながら、お茶係はその場を離れていった。

けっしてお茶係が楽をしたかったわけではない、はずである。

 

 

 

「で、いくつ買ってきたんだ?」

剥いても剥いても減らない桃の山。なんとなく嫌な予感がしたアッシュは、これを買ってきたルークに確認する。

「人数分」

特務師団員は約50人いた。

ここが第六師団じゃなくてよかった、とそれぐらいしか自分を慰める術を持たない特務師団団長・鮮血のアッシュ。

この団は団長自らおやつの準備をする。→ そこじゃなくて、おやつの時間があるってとこをつっこめ。

 

 

 

 

 

 

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あとがき

 

『シンク』がやたらと出てきますが『旋風』のことではありません。

湯剥きの説明、音素の結合云々は捏造です(当たり前)

でも、桃はこうやって剥くと剥きやすいですよ。時々失敗しますけど。

っていうか、失敗したので出来上がったSSだったりして。

湯につけていた時間が短かったのか、上部が湯から出ていたのか、半分だけしかきれいに剥けなかった()

まぁ桃は甘くて美味しかったから、それでもいいです。

桃に合いそうな飲み物が思い浮かばなかったのはアッシュではなく管理人です。彼らと同様、桃だけ食いました()

 

どうでもいいことですが、半シャーベットの桃を楽しめたのはルークとアッシュだけです。→ 本当にどうでもいい。いや、タイトル桃のシャーベットだったから(苦笑)





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