【はじまりのそらはあおく】

 

 

窓から吹き込む風が、緋色の髪を揺らす。

飛んでいってしまうのではないか、そんな危惧が生まれてあわてて捕まえれば、「痛いよ」と抗議の声が上がった。

そんなに強く引いてはいないのだからこれはジョークだ。

それでも謝罪の意味を込めて緋色にキスをする。

そのまま軽く引けば、ふわりと降りてくる唇。眉間と両方の頬に触れるだけのキスを残し離れていくのが淋しくて、追い掛けようとも思ったが、この場を離れがたくもある。

随分と欲張りになったものだ。

もう一度引けば、再び降りてくる唇。そのまま緋色捕まえていたら、抗議するように鼻先を齧られた。

「この格好、結構苦しいんだぞ」

ソファを背もたれにし絨毯に投げ出された足。その太ももを枕にしている自分にキスをするのだから確かに無理がある。しかし笑いながら言うから、説得力はない。

「悪かったな」

こちらも笑いながらだったが、許してもらえたようだ。

鼻先に触れるだけのキスを残して離れていく。

今度は引き止めずに残された緋色に指を絡めた。

「もうすぐだな」

何が、とは聞かない。お互い何度も確認してきたことだった。

「あの日もこんな青空だった。稽古をしていたら歌が聞こえて…」

今、風と共に入ってくるのは力を持たぬただのメロディ。それでも彼が好きだと言ったので、彼女はそれを歌う。

呼び起こされた記憶をポツリポツリと語る彼の心が過去に、いやそれは未来なのだろうか?ともかく自分から離れたことが許しがたく、しかし無理矢理引き戻したら拗ねるだろうか、などと葛藤していたら、頭の下の枕がピクリと跳ねた。

「どうした?」

忘れていたのだ、と。

それは彼が実際に体験したわけではない未来。しかし一つの悲劇の始まりの時。

始まりはそれこそいくつもあった。誕生以前にも、今までにも。

回避できたものもあれば、未だ預言通り進むものもある。

間に合わなかったから、力がなかったから、知らなかったから。

しかし回避できたものも多々ある。それが新たな悲劇を生み出していたとしても、今は「預言は絶対ではない」と言う証明であればそれでよかった。

どうせ滅びに向かう世界なら何をやったっていいだろう、と仲間の一人を勧誘する時に使った台詞通り、本当に色々やった。

「俺が、殺した…。知らなかったから。ただの魔物だと思っていたから」

彼だけが体験し、自分が知らない過去である未来。思い出したくない辛いものだったのか、時折苦渋と悔恨が混ざるそれ。何度止めさせようと思ったか。しかし、止めれば傷口が膿むだけだということもわかっているから、それもできない。

震える手を握り、揺れる瞳を見つめる。なるべく優しくなるようにと、眉間に皺はよってないだろうか?

要領の得ない回想を要約すればこうだ。

ライガクイーン、アリエッタの母親を救いたい。

今まで、そしてこれからも多くの魔物を切り捨てていくだろうに、それでもその魔物だけは特別なのだろう。いや、特別なのはアリエッタか。

ヴァンに利用され、死んでいった子供。

どこか重なるものがあるのかもしれない。

しかし悪い話ではない。やり方次第でアリエッタをこちら側に持ってくることもできるだろうと、そこまで考えて自身を嘲笑せざるをえなかった。

彼と自分のなんと違うことか。

そこに惹かれる。憧憬の眼差しを向ければ、擽ったそうに身を捩って、「なんだよ?」と口を尖らす。

今はまだ告げるつもりはなかった。いつか戯れに告げてみようか?真摯に告げるには勇気がたらなすぎて、いつになるかわからないから。

「しかたない。少し早いがお茶にしよう」

もう少しこの場で惰眠を貪っていたいというのが本音だが、枕に動かれてしまったのではそうもいかなかった。

「うん。今日はアールグレイ。準備してくるから、皆に召集かけて」

「風が気持ちいいからな。あの木の下はどうだ?」

窓の外を顎で示せば、嬉しそうに頷いてから駈けていく姿。

作戦会議は木下で。

小さなお茶会が日常になったのはいつのころからか。

鏡を覗いても見ることのできない表情が見たくて、日常にしたのは自分だ。

独り占めしたくて、しかし独り占めしていたら見られない笑顔。

戻ってきたら一番に名前を呼ぼう。

きっと最初に微笑んでくれるだろうから。

木漏れ日の下に、ティーセットを並べて。

始まりの時は近い。

だから今は、この穏やかな時を、君と皆で。

 

 

 

 

 

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あとがき

 

誰がなんと言おうと「アシュ+ルク」サイトなんです。

と自己主張してみる。

うっかり「アシュ×ルク」に見えたとしても、「アシュ+ルク」なんです()

 

無駄にいちゃいちゃしている赤毛。

つうか名前が出てきてないですね。どっちがどっちか、わかりましたか?





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