【おわりというなのはじまり】

 

 

覚えているのは瓦礫と共に落ちてきた身体を抱きとめたところまでだった。

今いる場所はあの時とは違う、光溢れる空間。

登っているのか降りているのか留まっているのか。足元があるのかないのか、それさえもわからない、不確かな場所。確かなものは自身の腕に抱く自分とそっくり同じ、しかし傷ついた身体のみ。青白かった頬には僅かではあるが赤みが戻っていた。

あの時、まだ温かいそれがかすかに動いたと感じたのは気のせいではなかったようだ。

安堵の息を吐く。

「気が付いたか?」

その声がどこから聞こえたものなのか判断することは難しかった。

しかし誰のものであるかはすぐにわかった。

「俺は、俺たちは約束を果たせたのか?」

ふわりと自身を包む空気が暖かくなったような気がした。それをローレライの感謝の意と取る。

「ここは?」

「お前たちが音譜帯と呼ぶ場所だ。解放された私と共に登ってきたのだろう」

「綺麗だなぁ〜。でも、なんか寂しい」

「寂しい、か。私にはそんな感情はないが・・・」

光が不自然に瞬く。

「一人じゃ寂しいよ。だからユリアの求めに応じたんじゃないのか?」

一人ぼっちの辛さはよくわかるから。

存在に気付いてくれたユリアの望みに応えたかったのではないか、とルークは思う。

自分自身がそうであったから。

アッシュのモノを奪い、アクゼリュスを滅ぼした罪人で、レムの塔でレプリカたちに消滅を強要し、倒すことでしか師匠を止める術を持たず、仲間たちに果たせない約束をして・・・

本来なら誕生することの無かった自分。

それでも、自分を認めてくれた仲間たちに、世界に応えたかった。

 

 

 

なんと哀しい子であろう。

人は使命のために生まれるのではないと、何故誰もこの子に教えなかったのだろうか?

いや他者を罵ることはできない。

それは自身にも言える罪。

同じであるというだけでこの子に解放を求めた時から、この子はローレライの解放に自分の存在価値を求めてしまったのだから。

その結果が今目の前にある

何か、償うことはできないだろうか?

人のために何かしようと思ったのは、2000年ぶり、ユリア・ジュエに次いで二人目だった。

「約束を果たしてくれた礼に、お前の望みを叶えよう。私の力が及ぶ範囲で、というのがなんとも情けなくはあるが・・・」

「約束は、礼が欲しくて果たすものじゃないよ」

これは礼ではなくて償いであると言えるものなら言いたかった。

しかし、それは伝えてはならない思い。

謝るのは許されたいから。償いとは自身の平穏のために行う自己満足でしかない。

それでも、と言葉を重ねれば子は大切な物をそっと見せるように、望みを紡いだ。

こんな時でさえも、この子の望みは自分自身に向けられはしないのか。

もっと贅沢に望めばよいのに。

それが許されるというのに。

それでも、それがこの子の望みだというのなら、叶えるまでである。

まずは、もう一人。望むことを許された者を、目覚めさせることから始めよう。

それがこの子の望みでもあるから。

 

 

 

降り注ぐ光。身を包む優しさと暖かさ。

「・・・しゅ。アッシュ」

呼ぶ声が聞こえる。

耳に心地よい暖かな声。自分と同じであるはずのそれが、いつからこんなに愛しくなったのだろうか?

「るー、く」

うっすらと眼を開くと、眼前に迫った今にも泣き出しそうな顔。

こいつがこんな顔をしているのは自分のせいだろうか?

「良かった。気付いてくれて」

嬉しそうに笑う。それに触れようとして伸ばした手の先に光が見えた。何故と思う以前に、それが音素の乖離の始まりであると悟る。

消える前にもう一度アッシュと話したかったから、と。

それは全てを理解し受け入れた者の顔をしていた。

「俺ね。音譜帯に帰るんじゃなくて、アッシュに帰るんだって。ローレライが教えてくれた」

嬉しそうに告げる言葉が信じられなかった。

自分とこいつが一つになる―――それは同位体にのみおきる特殊現象・大爆発(ビックバン)

勘違いしていた。消えるのは自分だ、と。知らなかった知識がいつのまにか頭の中にあった。すでに始まっているというのだろうか?

「どういうことだ」

知っている。それでも訊ねずにはいられなかった。

―――誰か違うと言ってくれ。

「俺ね。アッシュと一つになるんだって」

得てして望む答えは与えられないものである。

「貴様は、何を嬉しそうに・・・」

「嬉しいんだ。アッシュは俺と一つになるの嫌なのか?」

嫌なわけではない―――いや、やはり嫌だ。

「おいっ。ローレライ。この音素乖離を今すぐ止めろ」

たぶんそこにいるだろうヤツに叫ぶ。

「やっぱり俺のこと嫌いだから、一緒になるの嫌なんだな」

ルークが落ち込む。

「違う」

慌てて否定する。こいつの悲しむ顔はもう見たくなかった。

腑に落ちないといった顔でアッシュを見つめるルーク。

消えかけた、今にも消えてしまいそうな手でルークの頬に触れる。

一緒になってしまっては、もうこうして触れることもできない―――それは嫌だ。

何故こいつはそれに気付かない。

「今すぐこの身体の乖離を止めろ。俺は一緒になりたいじゃない。一緒にいたいんだ」

イライラする。

何故理解しない。こいつも、ローレライも。

「アッシュ・・・それって・・・・・・」

ルークの頬に朱が浮かぶ。

アッシュの望む形が伝わったのだろうか?

伝わっているといいと思った。

一つの固体として一緒になることよりも、別々の固体として一緒にいること―――それをアッシュは望んでいた。ルークの望みも同じだったらいい。

「それは無理だ」

運命は時に残酷である。

「今乖離を止めても、その身体には個として存在できるほどの音素は残っていない」

ルークは残るが、アッシュが消える。

それでもよいか?とローレライが問う。

それもいいと思ったことは否定しない。こいつのいない世界でこいつの記憶を抱えて生きるぐらいなら、すべてを託してこいつの記憶の中で生きるのもいい。

「嫌だ」

しかしその思いもルークの叫びと共に霧散する。

どうにもならないのか?

「しかし時を戻せば、あるいは・・・」

譲らない二人にローレライの呟きは光明であった。

甘美な誘惑。その先に待っているものが何かはわからない。しかし、すがりつかないわけにはいかなかった。すがりつきたかった。望みがあるのなら、それしか望みがないのなら、それが悪魔の囁きだってかまわなかった。

「ならば、戻せ」

「もう一度、やることになるのだぞ」

「かまわん。戻せ」

「ちょっと待てって、それってどういうことだ」

アッシュとローレライの会話についていけなかったルークが口を挟む。

おまえは黙っていろ、と言いたかった。

しかし、もしルークの望みが自分と違っていたら。

同じであって欲しい。

自分が望んでいるほどにルークが望んでいなかったとしたら―――その想像はアッシュの心を奈落に突き落とす。

「おまえたちが生まれた瞬間まで、時を戻す。音素乖離が始まるずっと前だ。そこでならおまえたちはそれぞれ個として存在できるだろう」

「それって二人でいられるってこと?」

「「そうだ」」

アッシュとローレライが共に肯定する。

嫌か?と訊ねれば、勢いよく頭が左右に振られる。

「嫌じゃない。二人がいい」

心が温かくなる。安堵とはこういう感情をいうのだろうか?

ルークの一言で簡単に浮上する心。持て余す。しかし、悪い気はしない。

随分久しぶりに安心したような気がする。

こいつといると七年前に無くした感情が蘇ってくる。それが嬉しい。そういえば『嬉しい』も随分久しぶりだ。

「でもさ・・・」

ルークは不安げであった。

自分にとってルークと一緒にいられる希望は『安心』であるというのに、ルークにとっては違うというのだろうか?

「俺たちが過去に戻ったら、現在(ここ)はどうなるんだ?」

共に旅した仲間たちのことを思う。

自分にとってルークが全てであってもルークにとっては違う。

ナタリアたちのことを忘れたわけではなかったが、それよりも欲しい未来があった。いや、過去なのか?

「わからん。私にも初めてのことだからな」

「ローレライにもわからないことがあるんだ」

「そうだな」

ローレライの声はどこか嬉しそうだった。

「私は星の記録そのものである」

「うん。家庭教師にならった気がする。誕生から消滅までを記憶しているって」

「ユリアに乞われ私は記録の一部を彼女に伝えた。2000年分の記録。人の身である彼女に伝えることができたのは、星の記録のほんの一部。記録は消滅まで続いているのだからな」

「いつ消滅するかなんて、聞いたら教えてくれるのか?」

「教えたところでそれに意味などないことはおまえたちが一番よく知っているだろう」

だから教えはしない、とローレライが笑う。

「だが、私を解放してくれた礼に別のことを教えてやろう」

なんだ、と興味津々なルークに不機嫌になる。自分がここにいるのに、あいつの興味は今ローレライに向けられている。

「礼なら共にいられる場所を得られれば充分だ」

「それはおまえたち次第。私にできることはおまえたちの時を戻すことのみ。だが、聞いておいて損はないと思うぞ。私の言葉はおまえたちの希望となろう」

教えるというよりは無理やりでも聞かせるつもりなのだろう。

ならばさっさと聞いて、さっさと終わらせた方が得策か。

2000年前ユリアに伝えた記録の先にあったものと、今この先にあるものは違う物であると、おまえたちが知っているべきことは、それで充分だろう。記録は常に塗り替えられている。今、この瞬間にも」

2000年間記録の書き換えが行われなかったのは、人々がユリアの預言を守っていたため。しかし預言に頼ることを止めた惑星の未来は変化する。記録は変化する。

それは自分たちが望んだ世界。その世界を得られたという確証を持てたというのは、確かに希望となるだろう。

クツクツと音素が笑う。

「おまえたちは本当にわたしを楽しませてくれる」

もったいぶった言い方をするものだ。

ただ「預言は絶対ではない」と言えばいいだけというのに。

ユリアは知っていたのだろうか?いや、いただろう。

だから彼女は預言を残した。人々が消滅を回避できると信じて。

しかし、それを受け取った者たちが愚かだったのだ。彼女の思いを取り違え、預言通りに生きることを選んだ。

今回のことで人は少しは賢くなっただろうか。

「これから戻る場所がここに繋がっているかいないかは、私にはわからない。だが、書き換えられるのは未来だけだ。過去は変わらない。私の記録におまえたちが戻ってきたという記述はない。未来についてはいずれ記録におまえたちが登場することがあるかもしれんし、ないかもしれん。星が消滅するその瞬間まで誰にもわからないことだからな」

世界は変化することを選んだ。それは明日がわからないという不安。しかし無限の可能性という希望。

不安に潰されず、希望を掴み取ってくれることを信じている。

「俺たちの行こうとしている過去はここではないってことか?」

「その可能性が高いってことだろうな。そして、ここに繋がっている可能性は低い」

やはり、ルークには理解の範囲を超えていたか?

そういえば、こいつはまだ歳だった。

「同時に存在するってことだ。オリジナルとレプリカのように」

これから戻る場所が、この世界のレプリカだったとしても。

自分は知っている。レプリカはけして紛い物ではないということを。

「それもいいな」

ルークが笑う。同時に存在するのは、悪いことではない。

「そこにも預言はあるかもしれない」

「俺たちが戻ってくることもユリアの預言に書かれているかなぁ〜」

ローレライが笑ったような気がした。

「それはないだろう。だが、今ごろローレライはあせっているだろうな。2000年前ユリアに語った時には影も形もなかった者たちが、突然記録にあらわれたのだからな」

ローレライは自分と同じものに対して、随分と意地の悪いことを言う。

ユリアの求めに応じたことを悔いているのだろうか?

悔いる必要などないというのに。

ただ、ユリアやローレライが想像した以上に人が愚かだったというだけだ。

人の身でそのようなことを言ったところで、慰めにもならないだろうが。

「でも、そんな預言は預言じゃないと思う」

「預言に縛られない未来か・・・」

「うん」

自分たちが戻った時点で、ユリアの預言から逸れて行く世界。

そんな世界もいいかもしれない。

そこでこいつとやり直す。それは随分と甘美な夢だ。

「もう、ここには戻ってこられないのだぞ。それでも・・・」

「行くよ。俺は一人じゃない」

片方の掌に暖かな温もり。

「いいだろう。その望み叶えてやろう」

もう片方は自分から繋いだ。

「おまえたちの幸せを祈っている。今のわたしにはそれぐらいしかできないからな」

光の流れが変わった。

「アッシュ、ルーク・・・ローレライをよろしく頼む。彼を楽しませてやってくれ」

それが、この世界でのローレライの最後の望み。叶えてやる義理はないが、世界が変わることが楽しみとなるのなら、結果として望みを叶えることとなるだろう。

「約束、守れなかったな」

少しだけ、哀しそうにルークが呟く。

「必ず帰るって約束したんだけど」

ルークの残したたくさんの約束。それはもう叶いそうにない。

自分がしたたった一つの約束。それは半分ぐらい叶っただろうか?

「許してくれるかなぁ〜」

「許してくれるさ。あいつらだっておまえが幸せになることを望んでいるはずだ」

残してきた仲間を思い、優しい笑みを浮かべる。

「だから、幸せになるぞ」

―――安心しろ、こいつは俺が幸せにする。

こいつを仲間たちから奪うのは自分だ。

だからそれに対する償いを、自身に誓う。

「一緒に?」

「そう一緒だ」

あぁ、この笑顔だ。

「うん」

あいつが嬉しそうに笑う。

自分の隣で笑う。

それが望みだ。

それが叶うのなら、そこがどこであろうと構わなかった。

離れないように、手を繋ぐ。

離さないように、しっかりと。

 

 

しかし、やはり運命は自分には優しくなかったようである。

 

 

気が付いたとき、アッシュは一人だった。

しっかりと繋いでいたはずの手は、何も掴んでいなかったのだ。

 

 

 

―――――――

あとがき(という名のつっこみ)

 

本来ギャグ体質なはずなのに、何故か微シリアス。

そして開き直ったというか、正直になったアッシュさんは砂吐きそうなぐらいルーク馬鹿になってくれないかなぁ〜と。まだまだ、糖度が足りませんね。

少々無理やりな部分もありますが、逆行しなきゃ始まらないので、そのへんこじつけです。

 

最後の二行でアッシュさん、奈落です。

ルークがどこ行っちゃったかなんて、ちゃんとローレライが語っていたのですけどね。

ん〜、アッシュさんがそのことに気付くのはいつだ!?

 

ルークがいないと管理人が楽しくないので、アッシュさん独り旅はUPに時間かかりそうですが・・・





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