【かれらののこしたさいごのおもい】
自分のためには何も望まなかった子供の最後の願い。
いや、新たな生を歩むと決めた子供にとっては最初の願いとなるのか。
最後であろうが最初であろうが、いつだって彼の願いは他者に向かっていた。
それが哀しくもあり、愛しくもある。
しかし叶えなくてはならない。
それをあの子が望んだのだから。
歌が、聞こえる。
彼の者を望む歌が、夜の渓谷に響いていた。
「どうして・・・ここに?」
震える声。
それは今目にしている人影を正しく理解している故か、それとも勘違い故の歓喜によるものか。
「約束、したからな」
今はもうここにはいない者の望みを叶えるために。二度と降り立つことはないと思っていた大地に足を降ろす。
音素の塊でしかない自分に足という概念はないが、今は、愛しき者たちの形を模した今は、それがあるのだから踏み締めるという感覚を楽しむのも悪くない。
それは悪戯心が半分。残りはそれがもっとも効果的だろうとの考えから。
彼の者が望んだわけではなく、ただその形が愛おしかったから。
寸分の違いもなく同じ形、同じ音。
それでも気付く者は気付く。それが悔しくもあり、それ以上に誇らしくもあった。
「あなたは・・・ルークではありませんね」
知っていたか?君の仲間が君を間違えることはない。
今はもうここにはいない者へ思いを馳せる。
記憶の中の君が嬉しそうに笑った。
「流石だな。死霊使い(ネクロマンサー)」
ルーク・フォン・ファブレだった者の形が崩れる。
「我はおまえたちがローレライと呼ぶモノ」
「何故、あなたが・・・」
望む者が現れなかったことに、そして最良ではないとしても想定内の出来事が起こらなかったことに、めったに表情を変えない男の顔が歪む。
さて、理由を教えるべきであろうか?
ローレライは彼らの様子を観察し、そして止める。
それを説明したところで彼らは認めはしないだろう。
皆が皆、それを望んでいた。自身もまたそうであったように。
だから事実だけを伝える。
「約束を果たせないことを詫びていた」
戻ると、そう約束していた。
それが叶わないと知った時。いや叶えようと思えば叶ったのだ。しかしもう一人を犠牲にしてまで叶えたいとは思えなかったのだろう。せめて記憶だけでももう一人と共に戻ろうとした。
その望みさえ奪ったのは己か?それとももう一人か?
それでも自身の望みよりも、もう一人に望まれたことを嬉しそうに受け入れた顔を忘れることはできない。
あの顔があったから認めることができたのだ。
二人が共に生きる可能性。それはローレライでさえ知ることのできない場所にしかない夢。そう、この世界では夢。しかしあの子たちにとっては現実(リアル)。
「あの子は・・・彼らは消えたのですか?」
この世界からというのであれば、そうなのだろう。しかしそう表することは己が嫌だった。
「消えたわけではない。旅立ったのだ。二人が共に生きるため」
「旅、ですか」
察することができたのは一人だけだったようである。なんとも複雑そうな顔をして、それでもその男は微笑みを浮かべる。
消滅ではない。しかしここに戻るわけでもない。だから旅。戻る当てのない旅。
悪くない言い回しだと思ったのだが、他の者たちは理解ができなかったようである。唯一理解できた人間も態々説明してやるつもりはなさそうだった。
「何故ですの?共にありたかったのでしたら、ここでもよろしかったのではありませんか?私たちはどちらかだけを望んでいたわけではありませんのに」
王女が声を荒げる。やはり理解できていなかったようである。まぁ大抵の人間の理解力など彼女と大差ないだろう。
そんなことはわかっている、と。それはあの子達も、そして自身もまた望んだことだ。それが許されるのであれば、そうしていた。しかし世界の理がそれを許さなかったのだ。だから別の世界を求めた。その可能性に賭ける事を選んだのだ。
ローレライにすべてを説明するつもりはなかった。
ただ、あの子が詫びていたから、最後まで心配していたから、だから、姿を見せたのだ。
年月が過ぎても前に進むことができない者たちに、その責任を示すために。
「おまえたちはここで何をしているのだ?」
「墓前でやる儀式に興味はないんでね」
ローレライが現れる前に仲間たちの間で交わされた会話が繰り返される。
「彼は必ず帰ってくるって、約束してくれたわ。だから・・・」
「待ってちゃいけないっていうの?」
発言者が変わっても、皆が同じ思いを抱いていることに変わりはない。そしてその思いはローレライとて同じだった。だから、待つなとは言えない。
「いいや、何を望もうともそれはおまえたちの自由だ」
それでも、待つことしかしないのであれば苦言を呈さないわけにはいかない。それができるのは彼らの思いを知る己だけなのであれば、二度と関わらぬと決めた信念を曲げるのも厭いはしない。
あの子達が安心して自分たちの旅を続けられるように。
それが彼らの思いを知る己にできる唯一のこと。
「あの子がおまえたちに望むことは待ち続けることではない。未来を生きることだということが解らぬおまえたちではないだろう」
おまえたちがあの子が気にかけるに値する人間だというのなら、それぐらい解ってもらわなければ困るのだ。
ハッとしたように目を見張ったのは誰が最初だったのか?
「待っていてもいいのでしょ?」
ユリアの子孫は手の甲で涙を拭うと、しっかりとローレライを見据えた。その天色の瞳が映すのは未来。
「どんな未来を望もうが自由だ」
「そうですね。それが彼らの残してくれた世界です」
預言に従うのではなく、自分の心に従って生きる世界。
彼らが命を賭して得た世界を、そこに住む者たちには生きる義務があるのだ。世界中の他の誰もが解っていなかったとしても、共に旅し、彼らの心に触れる機会があった者たちが違えることは許されない。
ローレライは彼らの瞳が未来に向けられる様を満足そうに眺めていた。
これで己の役割も終わった、と。
彼らの思いはきっと仲間たちのもとに届いたはずだ。
後は世界が終わるその瞬間まで、世界が己の見たのとは違った場所へ辿り着く様を眺めるのも悪くないだろう。
己のいるべき場所に戻ろうとしたときだった。
ふと思い出した情景に悪戯を思いついた子供のように、ローレライの声が弾んだ。
「それからもう一つ」
それは伝わること想定していなかっただろう誓い。
伝えるのは、まぁ意趣返しのようなものだ。
もしも、ここに戻ることができたのなら、あの紅は随分と恥ずかしい思いをすることだろう。
「自分が幸せにするから安心しろ、と」
聞いた者たちは、その言葉を理解するまでに少しの時間が必要だったようだ。
誰が誰のことを語った言葉なのか。
理解した者から順になんとも複雑な笑みを浮かべていく。
「いやぁ〜。照れますねぇ〜」
「なんていうか・・・。自分が幸せになる自信があるといわれるよりはよかったと思うべきなんだろうな」
「あのアッシュが、だよ。そんなことを言うなんてねぇ」
「ルーク、よかったわね」
「婚約者としては複雑ですわね。でも、二人が幸せなのでしたら私も嬉しいですわ」
そんな彼らの様子をローレライは満足そうに見つめ、そして空気に溶けるように消えていった。
こんなに笑ったのは久しぶりのような気がする。
そして、仲間たちもまた思うのだった。
自分たちも負けてはいられない、と。
もしもがあるかはわからないが、しかしそれがあると信じて。彼らに誇れるように生きなければならない。
幸せだぞと笑って再会できるように。
今ここに、姿や形はなくても話すことができなくても、彼らは帰ってきたのだ。いや、いつだって彼らはここにいたのだ。
これからも彼らが残した思いは、立ち止まる度に背中を押してくれることだろう。
風がセレニアの花を舞い上げる。
そこにローレライの姿はもうなかった。
仲間たちがそれぞれの誓いを胸に歩き始めるのを、ただ月だけが見ていた。
あとがき
プロローグ三部作はこれで終了。
お節介なローレライさん編でした。
残された人たちへのフォロー編でもあるのだけれど、あまりフォローになっていないような。
「あのEDで帰ってきた『ルーク』はローレライだった」
この解釈は珍しいだろう(笑)
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